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「世間からどう見られているか」より「世界をどう見ているか」

私たちは、感覚を通じて、ちゃんと現実を受け取っているつもりでも、

脳がかなり補完しているというのは、脳神経科学でも以前からよく言われています。


例えば、「固い」、「赤い」といった感覚も人それぞれ違っていて、

かなり主観的だということは、身近な例としてはとても分かりやすいです。



私たちは、堂々と世界を捏造しながら生きていると言えます。

でも、こう考えてみたらどうでしょうか。


どうせある程度“推測の世界”を生きているのなら、

「他人にどう見られているか」よりも

自分が他者や世の中を「どう見ているのか」のほうが大事なのではないかと。



私たちの注意は、しばしば「他人の目」に向きます。


他者評価中心

  • 外部基準

  • 緊張

  • 比較

  • 不安


この状態のとき、私たちの意識は「いま・ここ」にはありません。

自分が想像した「他人の頭の中」で、評価されることに悩み続けています。

その結果、身体の感覚はどんどん薄くなり、言葉や行動もどこか縮こまっていきます。

一方で、注意を自分の感覚に戻すと、状況は少し変わります。


身体の固有感覚中心

  • 内部基準

  • 安定

  • 選択

  • 距離


身体の固有感覚が明瞭になると、「どう見られているか」よりも

「自分はどう感じているか」へと軸が移ります。


わたしたちは「どう見られているか」を気にしているとき、

私の意識はぜんぜん“いま・ここ”にありません。


自分が勝手に作り上げた「他人の頭の中」で、

評価されることに煩悶しています。


そうなると、身体の感覚はどんどん薄くなっていきます。


結果として、自分の発言や行動が、どこか縮こまっていく。

でも、「いま、ここに存在している」という感覚は、

それとは確かに違っています。


何も神秘的なものではなく、ただの事実です。


  • 呼吸している

  • 足の裏に床がある

  • 重力を感じている

  • 視界が広がっている


これらは推測ではなくて、

いま入ってきている、生の感覚入力です。



注意の向け方が変わると、選択が変わる。

選択が変わると、結果の確率分布が変わる。


スピリチュアルの世界では「引き寄せの法則」というものがありますが、 


「注意の配置が、行動の傾向を変える」


そう考えると、これは必ずしも神秘的な話ではなく、

むしろ合理的な仕組みにも思えてきます。


 
 
 

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