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この「配置」の中で痛みが起きている

①直線因果的には、


「姿勢が痛みを生む」A→B

「痛みが姿勢を生む」B→A


因果を逆向きにするだけで、直線構造は維持されます。

どちらも、臨床ではよく見られる構造です。



②配置モデルとしての「場」の因果


この配置の中で痛みが起きているとすると、


ここでは、

  • 身体

  • 重力

  • 習慣

  • 神経系

  • 仕事環境

  • 心理状態


がネットワークとして関与しています。

因果は矢印ではなく、「場の張力」になります。


直線因果は「何が原因か」を探すのに便利です。

配置モデルは「何が絡み合っているか」を見ることができます。


焦点が「責任/原因」から「条件」へとシフトします。

この差は決して、小さくなないと思います。


■ 自由と責任のバランス

ただし、配置モデルにもリスクはあります。 「すべては環境や配置のせい」と責任の所在を希薄にしすぎると、改善しようとする主体性(行為の力)まで曖昧になってしまうからです。

  • 過度の原因追及 → 責任の固定化(私が悪い、アレが悪い)

  • 過度の配置化 → 行為の無力化(どうしようもない)

このバランスを見極めることこそが、実践上の鍵となります。



私の臨床的立場は、「原因を特定する人」ではなく、

「配置を再編する人」に近いと言えるかもしれません。


 
 
 

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