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身体には、いつも「選択肢」があります

更新日:5 日前



私は、痛みをはじめとする身体の不調は、身体がいまの環境に適応するための選択肢を、十分に選ぶことのできない構造にあるときに、生じるのではないかと考えています。


だからこそ、施術の目的は単に症状を取り除くことではなく、身体(恒常性)がいま、ここの選択肢を選ぶことのできる構造──たとえば脊柱の働き──を回復することであると、私は言いたいのかもしれません。



身体は本来、その場その場で多様な適応の選択肢を持っています。


ライフステージで言えば、

  • 成長期、

  • 働き盛りの時期、

  • 役割の変化が重なる時期、

  • 次の世代を支える時期など。


生活の局面で言えば、

  • 夕方

    と一日の中でも条件は変化します。


さらに細かく見れば、

立つ、緩む、逃がす、支える、呼吸を深める、力を抜く、姿勢を変える。



身体は常に、状況に応じた反応の可能性を備えています。




にもかかわらず、私たちは何か問題が起きたとき、つい若い頃の身体を基準にしてしまいがちです。



けれども身体は、常に「今」という条件の中で存在しています。


過去の基準に合わせようとすると、身体は現在の環境から切り離されてしまいます。




近年では、痛みは、単純な局在的な問題だけでなく、慢性痛のように文脈(Nexus)つまり関連性や認知が関与する形でも生じ得ることが注目されています。




何らかの理由で構造が固定されると、本来持っている選択肢が十分に機能しなくなるかもしれません──身体の使い方だけでなく、知覚や認知の在り方も含めてです。




私はこの「構造」に注目しています。



社会に構造があるように、身体にも構造があります。

とりわけ脊柱は、身体全体を支える基盤的な構造です。



脊柱には固有受(proprioceptor)が密に存在します。

これは関節の角度や筋肉の張力を感じ取る深部感覚であり、



言い換えれば私はいま、ここに存在している」


を感じるための感覚的基盤です。



脊柱の動きが制限されると、この深部感覚(proprioception)が鈍くなります。身体の現在地が曖昧にもなります。


そのズレが、身体的不調として現れるにではないかと、私は考えています。


構造が整い、感覚が明瞭になると、身体は再び選択肢を取り戻してくれるかもしれません。

その結果として、痛みが軽減することもあると思います。


私は、症状を無理に取り除くことよりも、身体が「いま」に適応できる選択肢を回復することを大切にしています。



そのためには、身体が「いま、ここに存在すること」を選べるような脊柱の力学的構造を整えることが大事なのではと考えています。



この視点は、従来のカイロプラクティックの「神経圧迫中心モデル」とはやや異なる立場かもしれません。


私は、身体を単一原因で説明するのではなく、構造と選択肢の関係として捉え直していきたいのです。




施術の結果、痛みが軽減するだけでなく、「生きやすくなった」と感じていただけたなら──それが最も望ましい変化です。






 
 
 

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